« 岡部伸『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』新潮選書2012・8 | トップページ

2016年10月20日 (木)

ひどいドラマの『とと姉ちゃん』から解放されて

一 致命的な西田征史の言葉の感覚
 ちょっと時期を逸した話で恐縮なのだが、NHKの朝のドラマ『とと姉ちゃん』が終わってほっとしている。主演だった高畑充希については、とやかく言うつもりは無い(といっても、それほど良かったわけではない。どちらかと言えば悪い。尤も責任の多くは脚本=西田征史=などにある)。
 先ず気になるのは、タイトルの「とと姉ちゃん」・決め台詞「どうしたもんじゃろうのう」が良くない。
 「とと」「かか」とは何処の言葉か。ドラマの小橋家も、モデルの大橋家も教養ある家庭で丁寧な言葉遣いである。当時には、普通にはあまり無い教育を受けた人の家である。何のつもりの「とと」「かか」なのか。落語の話では無い筈だ。
 唐突に、しかし度々登場する「どうしたもんじゃろうのう」は、謂われも何も意味不明。この意味不明は不愉快でしかない。「あまちゃん」系のギャグを目指しているのか。
 NHKは、日本語や地域の文化を気にしており、それぞれの文化を尊重する使命感ももっていた筈だ。
 安倍様のNHKぶりも不愉快だが、この日本語やそれぞれの言葉にぞんざいなのも糾弾に値する。毎朝、ドラマが終わった8時15分ごろ、拙い3人が惚けたことを言うのも不愉快で止めて欲しいというより、止めろ!と言いたい。柳澤は、あとの二人を窘めろ!
 前置きが長くなってしまったが、ちょうど、そのドラマの最終回近く、ドラマの時間帯より少し早く、違う局で、『サワコの朝』か何かをやっていた。由紀さおりが出ていた。日本語が成立しかけたころの唱歌だと言って、『春』を阿川佐和子と歌った。一番の「すみだがわ」の「が」は鼻濁音になるのだと言って歌った。日本語の表現と発音を滝廉太郎がどれほど配慮していたかを話して、また1番の「すみだがわ」のところが2番では「つゆあびて」になる。その「つゆあびて」を生かすために旋律を変えているのだと説明していた。
 もとは安田姉妹として童謡歌手としてならした人かもしれないが、そのやさしいが風格ある姿勢からの説得力ある解説には、作家の妹の阿川佐和子も声がなかった。
 そのすぐ後で、「とと姉ちゃん」とか「どうしたもんじゃろうのう」などと訳の分からんものの洪水なのである。柳澤はなんとかしろ!と思う。NHKには、日本会議とかが経営委員になっているとかが話題になっていて、慌てて、肩書きを外したようである。文科省でも「日本語」にうるさいのと違うのか、それとも日本会議なんぞ、そもそもオカルトなので、それほど煩くないのかも知れない。
 
二 致命的なモチーフの不在
 NHKプロデューサーの落合将は、大橋鎭子さんや花森安治はモデルではなく、モチーフだと逃げている。きちんと描けなかったり、通俗的な恋愛劇を挿入して気をもたせるためのつまらない言い訳としか取れない。坂口健太郎扮する星野と小橋常子とのつきあいは、出来の悪い漫画のようなつくりものめいていて、じゃまくさい。
 このような話が白けるのは、つくったドラマの肝はモデルじゃない、モチーフだと勝手な話にしているからだ。勝手な話というのは、花森が編集長で、いわば大橋鎭子がマネージャーをやって、歴史的なあるいは、時代を象徴しているとも言える『暮らしの手帖』誌の主題から、すなわち、モチーフから大きくずれた話になっているのだ。
 「モデル」じゃない「モチーフ」だと落合は遁辞を出すが、実はモチーフがなっていないのである。
 西田征史も落合将も全く、雑誌を刊行することに関心も無いし、意義も感じないのだろう。ドラマを通して見ればそのように理解せざるを得ない。
 その意味で『とと姉ちゃん』は、全く駄目なドラマだった。言ったように、全くモチーフが無いからである。本当に白けるドラマだった。大橋鎭子さんが、女学校を卒業して、勧業銀行に勤め、日本読書新聞で働いていたことは周知のことである。勧業銀行での調査部の仕事や読書新聞の仕事は『暮らしの手帖』を創刊する土台になったことは、だれでも想定することである。
 雑誌で当てて、お金持ちになる、などと、実際の『暮らしの手帳』関係者が怒ると思わないのか。西田征史や落合将は本当に分からないのだろう。二重にナンセンスなことだ。
 ドラマでは、大橋さんの、その肝腎の経歴(勧銀や日本読書新聞)を省いてタイピストをしていたことにしている。ドラマでの高畑充希の常子のタイピングでは、とても仕事にはならない。つい最近まで、会社の大事な会議の議案書などタイプ印刷していたものである。もちろん裁判所も登記所もである。
 そんな仕事を首になりそうなとき、「私は家族を養わなければならないんです」は、まともな生活感覚ある人なら白ける。しかも、その原因が、戦時中でもあるとき、女性だけでビア・ホールに出かけてトラブルになったことである。これも想像しがたい。「とと姉ちゃん」だからと言って、実は「オヤジ」になっていたのかと思う。
 こんな馬鹿な話を毎朝続けるのである。だから、この期間(『とと姉ちゃん』が放映されていた期間)は、毎日不愉快だった。終わって放っとしている言うのはその意味である。
 『暮らしの手帖』がモデルになったドラマである。そのユニークな雑誌のモチーフは、やはり、大橋さんが勧銀勤務、日本読書新聞勤務のなかで育まれたものであり、花森安治が神戸3中から松江高等学校に進学し、帝国大学新聞の編集部にいたことや、大政翼賛会の外郭団体で仕事をしていたことは、モチーフを問題にする以上避けられない。大橋さんと花森安治の接点が日本読書新聞であることも周知の事実である。これらをわざと無視して(少しは戦時中の出来事をエピソードとして挿入しているが)拙いタイピストとして登場させるなど、当時のタイピストに対しても失礼この上無いことである。 

« 岡部伸『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』新潮選書2012・8 | トップページ

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/590886/64374658

この記事へのトラックバック一覧です: ひどいドラマの『とと姉ちゃん』から解放されて:

« 岡部伸『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』新潮選書2012・8 | トップページ