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2016年5月12日 (木)

TBS日曜劇場『99.9 -刑事専門弁護士-』 第3話・第4話

 最初から面白くない、変だ、と言いながら、毎回見ているのは、その都度少し気になることがあるからである。
 第3話、この話、作っていて変だと思わないですか。
 
 第3話はとくに印象的でもない、忘れてしまうので、メモがわりに書き付けておく。鶴見辰吾が扮する経営者の会社に常備していたお金が1000万円無くなり、会計を担当していて金庫を扱っていた女性が盗んだと逮捕され、家宅捜査の結果、女性宅の押し入れから1500万円が見つかったというのである。結局、経営者から女性への金庫の番号の伝え方に不備があって、女性には金庫を開けられないということが明らかになった。お金が無くなっていたのは、経営者が臨時の用立てで持ち出していたからだった。そんな現金の移動を行いながら、どうして女性社員を犯人として逮捕拘留させ、裁判まで行ったのか(最後は鶴見は白状している)、さっぱり判らない。社員の迷惑、経営者の人的責任、会社としての責任も総崩れである。  判ら無いのは、和解というか示談というか、そんな話が出てきたことである。それで、裁判を終わらせて、社員の病気の母と会わせるというストーリーも予定されるので、和解か示談とかは聞き間違いや幻ではなく、第3話に組み込まれていることのようである。「和解はしません。裁判をします」と確か榮倉奈々が言っていたと思う。和解にしても示談にしても、誰と誰がするのかさっぱり判らないのである。盗んだと認めて会社に返済して裁判にしないということだったのだろうか。  単純な金庫の番号の伝え間違えが判明し、無罪になった、それが0.1%の証明に成功したと……日本には警察が居ないのか?
 
 第4話 よくある冤罪作りの取調のやり方を逆使用した脚本……面白いか?
 
 板尾創路扮する男が強制わいせつで逮捕された。泥酔して全く覚えていないという。升毅扮する会社の人間が示談金を支払うと言ってきた。板尾の研究には、それくらいの金を払う価値が十分あるという。わいせつの被害者も示談を受け入れ、告発を取り下げた。無罪放免と思って会社に出た板尾の環境は冷たい、家族関係、とくに親子関係は壊滅的である。やはり、裁判で争いたいと弁護士にいうが、もう終わっていると言われる。そこで性的事件の被害者たちが怪しいと睨んでいた弁護士の松潤が、被害者や証人を調べたうえで、策を考える。事件の夜、それほど飲んではいなかったのに全く覚えていないほど酔っていた板尾はわいせつ行為をできるような状況ではなかった。前後不覚だった板尾が発見されたところまでどうして歩いていけたのか、松潤に状況を説明したバーテンも不審という舞台装置が出来上がった。事件としては終わっているから、わいせつの被害者として多額の示談金を受け取った女や、酔いつぶれた店のバーテン(実は睡眠薬で意識を無くした板尾を背負って現場まで運んでいる)を、香川照之・松潤・榮倉奈々など弁護士やパラ・リーガルが二つのチームを作って取調え、詐欺を自白させる。面白いことに、女とバーテンを別々のチームが取り調べて白状したことを、それぞれのチームに交流して女とバーテンが共謀した事件を作っていたことを白状させていくのである。よくある刑事が冤罪事件をこしらえあげるやり方、嘘の自供をとるやり方を応用しただけである。その結果、睡眠薬をバーテンからもらった女が飲ましたこと、板尾を泥酔させるのは、なんと升の指示だったことも判明する。  板尾の無罪の証明をするのではなく(板尾の有罪の立証を崩すのでもなく)、升毅・女・バーテンの不法行為を証明することで攻守は全く逆転したというわけで、インターネットにも、「スッキリした!」とか書いてあった。もちろん、最初に話題になった板尾の無罪を証明を証明したわけでもない、罪に陥れようとして升毅・女・バーテンの犯罪を追い詰めただけである。やはり無罪を証明してわけではない。ほとんど無い証拠から無罪を証明したのでも、ささやかな痕跡から犯罪を炙り出したわけでもないのだから、どこが「スッキリッ」てなるんだ、と思ってしまう。犯罪の材料を無造作に転がしておいては、とっちめるのもじれったいだけじゃないか。
 よくわからない、というより説明がはっきりしないのは、女がもともとはどこの人間かということである。確か、板尾の開発部に少し居たということではなかったか?その関係で升が、板尾の研究(あるいは研究者としての板尾自身)を自分の会社に保持しておくために、その女を使ったというのは升とその女は知り合いだったようである。  警察などの調べでは、女が会社の人間だったというのが分からなかったのか、それよりも升とのつながりなど分からなかったということか。
 板尾が正体を無くすような状態になったのも、酒にそう弱くない筈の板尾にしてはおかしい、逆に、酒に弱いのであれば、正体を無くすほど酒を飲めない筈で、そもそも板尾の犯罪に対してからがおかしいところだらけである。リアルな問題として板尾がどれほどのアルコールを摂取していたかは分からなかったのだろうか。警察では、のんでいる筈の量と意識不明の状態の不釣り合いについて何の疑問ももたないものか。
 
 刑事裁判とドラマ
 
 今回のTBS日曜劇場は「99.9%」などという、結構、衝撃度があるだろうと期待した数字のタイトルのドラマを放映した。松本潤・榮倉奈々を中心に岸部一徳・香川照之・青木崇高・奥田瑛二を配し、他にも癖のある脇役で固めている。それにしても、話が単純で、ドラマになり得ていない。岸部や香川照之の間で松潤がへらへらしていたら、格好がついているようなのである。  第3話は、金庫が明かなかっただけの話で、金庫破りとされたお嬢さんは迷惑なとても迷惑な話であるが、義理の母と施設育ちのお嬢さんとの愛情は、ドラマというのかどうか。
 第4話の主題のひとつの「わいせつ」は、実際に起こっている事件を検証してみれば判ると思うが証明も難しい事件である。
 ドラマは、それを逆にとってはぐらかしてしまった。これもとてもドラマとはいえない。
 ドラマの制作者が、「99.9」についての確かな知識もなくつくりあげたもので、八百長としか思えない仮想評判で誤魔化している次第である。
 この類いのドラマとして、前々回にみたがイギリスのドラマでBSで放映されていた『刑事ファイル』などに比べれば、背景が全く異なるとはいえ、感銘が違うが、それはどうしてかなのか。ドラマをつくる社会の文化の違いかと思う。
 次の文は、利谷信義東大名誉教授が東大教授であったときの著書『日本の法を考える』( UP選書、東京大学出版会 1985)の文である。
 
   ……成文法の中に答えが見当らないときは、だれかが、決定しなければならない。そして、この決定は、形ははっきりしていなくとも、平易で素朴な正義・公平・人道主義に基づいている方が、ほかのものよりも優れているであろう。……なぜなら、人間の行動に関しては一般人の考えや理想の方がずっと簡明直截だからだ。……(「司法に対する国民の参加」136頁)
  「成文法の中に答えが見当らないときは、だれかが、決定しなければならない」とは、言葉を失う乱暴な言い方である。刑事裁判ではありえないことである。これは、利谷氏が『岩波講座現代法6現代の法律家』(1966)で「司法に対する国民の参加 ―戦前の法律家と陪審法―」として書かれたものをもとにしている。日本でも戦前におこなわれた陪審制について述べられたものであるから、民事事件ではなく刑事事件であることは明らかである。  こんな法律家が日本を代表する大学で法律を講じていたのである。まともな刑事裁判ドラマが出現することを望むのは、とても厳しいようである。

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