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2016年5月 5日 (木)

TBSテレビ日曜劇場『99.9 刑事専門弁護士』-第2話の興ざめ

一 裁判ドラマとしてはやはり駄目だった『99.9 刑事専門弁護士』…第2話
 TBS日曜劇場の「99.9 刑事専門弁護士」がネットなどで人気が高いように書いてある。嵐の松本潤の評判がよいとも出ている。  刑事事件というのは、犯罪を扱うのであるから、もともと深刻なものである。ドラマのタイトルに「99.9」と日本の刑事事件の有罪率と吹聴される数字を入れたのも、その重いテーマをアピールする意識があったのだろう。しかし、前にも言ったように、99.9というだけでは、何の意味も無い。数字だけを出すのは、全くナンセンスというのはドラマ制作者側にいる弁護士も言っている筈である。言うまでも無いことだが、捜査や逮捕があったりして、放免になったり、不起訴処分とか起訴猶予などは全く除外した上で、はっきりと公判を維持できるだけの証拠が整ったとされた人が起訴され、その人たちが有罪になった率である。つまりTBSの国枝弁護士も、99.9というのは、検察の手柄を讃える数字ではなく、人権侵害を抑えようとした結果だとしている筈である。そこに、起訴されたことで、これから裁判だというのに既に有罪と理解されてしまう危険もあるのである。
 相変わらず、「無罪を証明できる確率0.1%」などと番組の宣伝に書いている。一般論として、無罪を証明できるのは、とても難しいと考えられる。0.1%などというものではない。例えば夜間に事件があったとして、嫌疑を掛けられた人が自分は寝ていたと言っても、それが証明されることはまず不可能であるということは誰でも判るだろう。「無罪を証明できる確率0.1%」などとよいキャッチ・フレーズと思ったのかも知れないが全く間が抜けているのである。有罪とするには、合理的な疑いをさしはさむ余地がないほど証明できていなければならない。その結果起訴するのである。逆に言えば、その証明に合理的な疑いを生じさせることが課題なのである。
 番組宣伝で「無罪を証明できる確率0.1%」などと言ったら、それがドラマの中心かと思うではないか。この宣伝文句自体が、刑事裁判ドラマとしては成り立たち得ないことを自白していることになる。
 どうもこのドラマは、宣伝コピーからして躓いているのである。
 
二 ドラマの基本になる刑法の法文は、きちんと説明しておく必要があるのではないか。
 
 第2話は、居酒屋で口論になった男と外で争いになりナイフを出してきた相手をそのナイフで殺害したという事件である。したがって正当防衛を主張している。ところが松潤扮する弁護士が調べていくと、けんかした二人は共に静岡出身で、被害者は静岡で強姦事件を起こしていた。被告人は強姦事件の被害者の婚約者だったとわかる。被告人は刺したのは2回だったというが、死体には5回刺された跡があった。それは二人のけんかの様子を見にきた居酒屋の店主が二度目の攻撃で弱っていた被害者を3度刺してとどめをさしていたからであった。実は居酒屋の店主も同郷で、被害者が犯した強姦事件の共犯者だったらしい。被害者の家が資産家で、弁護士が見舞金を積んで強姦事件を刑事事件にしなかったらしい。それで被害者の男は、居酒屋をやっている共犯者を脅して遊んでいたらしい。そのようなことがあったので、瀕死の被害者を見た居酒屋は一気にかたをつけたらしい。
 簡単な話だが、具体的に説明すると結構込み入っていることなり、説明するのは少々邪魔臭い。
 二つの事件(静岡の性的事件と東京の喧嘩殺人事件)が重なっている。その二つの事件を絡ませてドラマにしたものである。弁護士が電車で行って調査したような、その当事者たちの絡みが東京の捜査関係者には分からなかったというのも不可解である。
 殺された男が強姦の共犯者として居酒屋の店主を脅していたというのは、最終的に店主が男にとどめをさすことになる伏線になるのだが、つまりそれほど殺された男はワルということになるのだが、静岡で起こした性的事件は単独犯で一族の財力で刑事事件にしていなかったのである。性的事件の被害者はその後自殺している。強姦罪は親告罪であるが、それが二人以上の場合は親告罪とはならない。これらのことはドラマの伏線になっているが、テレビを観ている人たちにわかりやすかったかどうか。ドラマでは、殺された男は居酒屋を共犯者(静岡の警察では共犯者はいなかったことにしていた)として脅していたそうである。つまり、親告罪にするために単独犯となって刑事罰を免れたワルが、そのために訴追を免れた共犯者を常時脅していたというようなことはよくあり得ることなのか。あるのかも知れないが、無理に単独犯にして(つまり共犯者はいないことにして)親告罪にして裁判を免れた者としては、接觸を避けたいという感情もありうるだろう。共犯者がいたのなら、親告罪にはならないからで、居酒屋だけでなく、自分の立場も危なくなる筈である。
 そして、その居酒屋に静岡の性的事件が原因で命を絶った女性の婚約者が現れるとは都合がよすぎる。
 つまり、微妙な配慮を要する犯罪についての刑法法文が第2話の重要な要素になっているのである。不快な性的事件とそれが親告罪であること、しかし、共犯者がいれば親告罪にはならない。嵐の松潤を主役に据えたこの粗雑なドラマは、いろんな配慮を無視して乱暴に筋だけ追っていくのである。なんとか短い間に、つじつまを合わせ、1件落着となる。
 日本国憲法第38条の3項で「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」とある。戦前の有力な検事として有名で総理大臣にもなった平沼騏一郎が検察官としては、本当に充分立証しえたかどうかということについては、最後まで不安であり、そのような場合に自白は支えになると言っていた。証明もそれほど磐石でもないのである。
 
三 重いテーマには重く、面白くないことは面白くない。ドラマチックでないものはドラマチックにすることはない。
 
 このドラマ「99.9 刑事専門弁護士」の第2話があったころ、1995年に小学6年の女児が焼死した民家火災で殺人などの罪で無期懲役が確定した朴龍皓さんの再審初公判が4月28日即日結審したとする毎日新聞(29日)の記事があった。
 母親の青木さんと夫の朴さんは1995年の第一審で無期懲役の判決を受け、2004年に控訴棄却、2006年に上告棄却され、無期懲役が確定していた。2012年に大阪地裁で再審開始決定がなされ、2015年10月、大阪高裁は大阪地裁の再審開始決定を支持し、検察の抗告を棄却し、刑の執行を停止する決定をしていた。
 4月29日の毎日新聞は「殺人などの罪で無期懲役が確定した朴龍皓さん(50)の再審初公判は28日、大阪地裁(西野吾一裁判長)で即日結審した。検察側は論告で求刑を放棄し有罪主張を断念する姿勢を改めて示したが、弁護側の主張で最大の争点だった自然発生の可能性について、『抽象的な可能性に過ぎない』と異例の付言をした」とあった。  このことについて、元東京高裁判事の木谷明弁護士のコメントが掲載されていた。
 
刑事裁判は「推定無罪」が原則だ。検察側には有罪の立証責任がある。それを断念した以上、事件性の可能性をにじます内容の論告をすのはフェアではなく、本来は無罪判決を求めるべきだ。判断を裁判所に丸投げする検察の姿勢には、往生際の悪さを感じる。
とある。テレビのドラマと重なるところは無いが、判決確定し、刑務所に収監されてから10年係って、再審が開始したのである。懲役の従事された10年も大変だが、再審請求に尽力された人々の活動は感動的である。
 そんなときに軽い刑事裁判ドラマを観ると白けてしまうのである。
 木谷弁護士のコメント(これは記者の方が聞かれたのを書かれたものだと思うが)に「推定無罪」と出てくる。これは、1990年公開の大ヒットした映画Presumed Innocent (スコット・トゥロー原作)の翻訳というか誤訳して題である。刑訴の教科書にも「無罪の推定」として出てくる。教科書などでは、無罪の推定というのは、被告人側に挙証責任は無いという意味だとある。推定無罪というタイトルで映画はヒットしたが、つまらない誤解も広がっている。
 ドラマらしくしようと人物をきどらせたりはしゃがせたりして、本来思い現実を茶化すとギャップが広がり、ドラマとしても成り立たなくなるのではないかと思う。

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